わたしの話

昼は社会人、夜は大学生の二足わらじのわたしの話

私が人を好きな話

フラれた。遠回しにフラれたのだ。

私はぼうとしていて、友達に心配された。

「彼氏がほしいの? 吉村さんが好きなの?」

やけに真っ直ぐに聞かれて私は口ごもった。彼氏はほしいけれど、今更いらないという気持ちがあったし。けれど、もしこの過酷な世の中をふたりで手をとり渡り歩いていければどんなに楽か、というわりと嫌らしい本心もあった。

その帰り道は暗く、足元のおぼつかないわたしの背中は情けなかっただろう。ふらふらと酒も飲んでいないくせに酔っぱらいのように歩いていた。途中でうー、だの、あー、だの、奇声をあげた気もした。

「わからんけど、あの人に孤独死してほしくないんだよお」

情けない日本語に友達がどんな顔をしたのかはあたりが暗くてわからなかった。

私たちの若さで聞きなれない孤独死という単語に特別なにか言うわけでもなく頷いた。

「敢えて遠ざけてるのかもね、アンタを」

電車が通った。黄色の電車。ハンカチと違って幸せは運ばずに、疲れ顔のサラリーマンを運んでいるのがやけにハッキリと見えた。あの中にこれから交ざり明日を迎えるだけのわたしに、わたしたちに微かな希望のような一筋が見えた気がした。

「言うだけ言いなよ、なんか、試してるのかもね」

「試す三十路も嫌だけどね」

「ひとりが長すぎて信頼できないんだよ」

それは自分に言い聞かせているようだった。曲がり角を大きく曲がって、わたしたちはまだのろのろと歩く。ふたりとも穏やかな顔つきだった。どちらともなく一瞬だけ手を繋いだ。そして、体温がゆっくりと離れていったそれを名残惜しいとすこしだけ思った。

「ちゃんと会って、喋って、伝えて、貴方の気持ちはわかるけれど、付き合いたいって」

 

駅についてバイバイした。駅の前で若い男の子がダボダボのスウェットを着ながらタバコをふかしていて、よく買えると独り言のように思った。不安を隠すように笑った。

「お疲れ様です!またあしたね!!」

広告を非表示にする

私が友達の家に行く話

友達の家に行く。

二十歳になって、間昼間に。

友達の家に行くのは中学生以来だ。というのは嘘だが、幼稚園から一緒の子のとこにはちょこちょこ行っていたが幼稚園から行っていたのでノーカンだ。

基本的に高校生からは学校かフードコート、公園というなにかしら外で遊んでいた。

 

友達の家、というのは恐ろしい。

礼儀正しくしなければいけないし、靴下は綺麗な方がいいし穴が開いていないか一応手を突っ込んで確認した。

ひとり暮らしの子の家に泊まりに行ったことはあれど、昼間に実家暮らしの子の家に遊びにいくのは久しぶりだ。おうちのお夕飯もあるので17時においとましようと思う。

 

ゴールデンウィークで行く予定だった映画も前売りの時点でチケットが完売なんて笑える展開だったが為のお呼ばれだがジーンズで着てしまって大丈夫だろうか。

今日はこどもの日で、友達の甥っ子が来ているから柏餅を買ったけど何人家族なんだろうか。数は足りるか?

 

誰か人様のおうちにお邪魔するための本を作ってくれ。大学の友達から上司の新築マイホームまで網羅してくれ。買う、絶対に買う。

 

きっと友達に私の不安を告げたら「気にする必要はない」「もっと気軽においで」と笑うんだろうけれどそういう問題じゃない。かばんに入っている絵本とお土産はどのタイミングで渡せばいい?

 

待ち合わせの駅について、まず最初に柏餅を渡そう。それで、おじさまとおばさまに挨拶をする必要があるか聞こう。人の親をおじさまとおばさまと呼んで大丈夫だろうか。(呼べと教わったのは祖母からでそれが世間の常識なのかは知らない)。甥っ子に絵本を買ったが喜んでもらえるだろうか。礼儀正しくしなければいけないし、自分の娘に礼儀も知らない友達がいるとは思われたくないし。考えることがたくさんで不安募る。というか甥っ子がいる時点でこどもの日にお呼ばれされて大丈夫なのか?lineで二回くらい確認したが本当に大丈夫なのか??

 

友達の家に行くのが不安。中学生以来のことだから。家族のかたに会ったらちゃんと挨拶。お邪魔しています。はじめまして、お世話になっています私はーー。

私に好きな人がいる話

恋話ってみんな好きだと思う。

私も会社の人と飲んでいても、大学の子と飲んでいても取り敢えず恋話から始める。

彼氏いるの?彼女いるんですか?

えっいないの意外だなあ!別れたばっかりとか?

へーどれくらい付き合ってるんですか?あっそんなに?いいなあ、私いないんですよ!いい人いたら紹介してください!という具合に。

 

好きな人がいるんです。

好きな人の話をしていると自然に敬語になる女なんですけど、あーすき!ってくらい好き。もうすごいぐいぐいいってひかれてない?大丈夫?ってなるくらい。

わたしは二十歳なのでまだ微笑ましいと思って見てくれるんだろう。いつまでこのテンションで許されるのだろうか、いつまでこのテンションを維持できるのか、不安はあるが一旦おいとくとして。

 

好きな人の名前は吉村さん。lineの名前はフルネームで登録されてる。けど吉村さんの名字を見るだけでにやにやしちゃうので名前は「奢ってくれた人」→「よしよしさん」に変えている。

1ヶ月くらい前に仕事帰りに誘って飲みに行き(誘ったときに好意はなかった!)、次はお休みの日の夜に誘い、ふたりで飲みにいく予定。ちょっと髪の毛後退気味。彼女はいない。上司。年齢は、三十歳。さんじゅっさい。さんじゅうさい。

 

ここらへんで私はネットの海にダイヴした。スキューバダイビングくらい必死になった。青々としたネットの文字の海から年の差について調べ、調べに考え、調べて、結果は出ない。

けれど吉村さんは私のこと、別にそんな好きとかそういうのじゃなくて年の離れた妹みたいなそんな感じなんだろうなあと思っている。フラれた時の伏線も含めてそう言わないと心の平穏が保たれない。本当は私のこと女として見てくれ!

吉村さんはlineはスタンプつかわないところかわいい。絵文字がワンパなのかわいい。吉村さんのことたくさん文字に書き起こしたい。

 

友達に言った。幼稚園から一緒で隠し事はなし。あっちが浮気したのも知ってるし私の元カレも知ってる。友達は言った。「告白しなよ」私は狼狽えた。年齢差は十歳。私が生まれた時にあっちは十歳。小学校4年生。

ありか?友達は自分のスマホでまるで素潜りみたいにFacebookで吉村さんを探して、吉村さんを見て優しそうとかなんかそんなありきたりなことを言って。私に、取り敢えず言わなきゃ気づかないだろうし発展しないとかそれっぽいことを言って、私と吉村さんのlineをにやにやしながら見て。「飲みに誘って、告白すればいいじゃん」とかそんなことを言った。

 

「吉村さんは三十歳って引け目からあんまりぐいぐいいけなくて、けど好意はもってる風だよ」と、生ビール飲みながら言ったね。既読ついてから、返事まで時間が半日くらい余裕であるんだけどと私が言うとチーズつまみながら「仕事してるし、あんまりlineしないタイプじゃない?」あっけらかんとして言ったけど絶対そういうのじゃないと思う。

大体好きな女を当日飲みに誘うって(予定あったから断った)完全に妹みたいなポジションでは??私がうだうだ管を巻くから飲み放題のビール追加して、私はファジーネーブルお願いして空のグラス下げてもらうようにお願いして。それで「あんたはしっかりしてるし、性格もいいから、はやく彼氏出来るといいね」って笑ったの私忘れないからな。

 

今度飲みに行くとき吉村さんに告白するかどうかは決めかねている。ただlineの通知音にどきどきするのはもう疲れたので、ここらで終わらせたかったりもする。とにかく吉村さん、楽しみにしてます。二十歳はお前が思っているより若いからな、覚悟しとけよ。

私が高校生で馬鹿になった話

元々馬鹿で地方の定時制高校に行っていた。楽しかった。同級生は優しくて、みんなお世辞にも頭がいいとは言えなかったので苛めも少なかった。悪口を言い合うのはあったけれど、言うほうの頭がどうかしているという風潮だった。

 

私の発達は遅れていた。通常より1年から2年という些細な年数。

私がそれを知ったのは20歳の時なので、周りは概ね気づいていて、自分は自分が壊滅的な馬鹿なんだと思っていた。

 

祖母は厳しい人だった。

礼儀正しくしろとか、行儀が悪いとか、厳しい人だったし、いつも不安定で関係ないこと(家のローンだとか、お金がかかるだとか、母親の悪口だとか)をよく怒鳴り散らされていた。

 

高校2年生くらいの時、急によくわからなくなった。頭がボーっとするのが始まりで、次第に周りのいうことが正直よくわからなくなってきた。靴下を履くのがしんどく思えてきた。元々家は(というか祖母が、)好きじゃなかったがそれが輪をかけて嫌いになり、高校が終った足で気づいたら知らない場所にいたり、なぜか家に帰れなくなったり、家の前で家に入れなくなったりした。

心療内科に行きたいと、親に申し出て親は私を心療内科に連れていった。すごく綺麗な病院だった。

 

そこでなにをしたかと言えば簡単な検査とカウンセリングで。母親は院長先生に絶対に私には一生言わないよう前置きをしつつ「私の発達は通常より1年から2年遅れている」と申し渡された。(二十歳になったら教えられた)

 

私が私でなくなる時に、私は言葉を失った。周りが二重人格では、と驚くほどに敬語が得意だった。先生が慌てるほどに悠長に丁寧語をつかっていた。「はい」いう穏やかな二文字をある日使えなくなっていた。「ウン」という年齢に見合う、または少し幼い言葉が私の口からよく出るようになっていた。

難しい文字が読めなくなっていた。読めない、というよりも理解が出来ないというほうが正しい。

物事の順序を整理できなくなった。

 

だが、重度の心配性が楽観的になった。

 

大学になってアルバイトをしている。敬語は以前と同様とまではいかないがつえるようになった。だが、時折偉い人に「えーうそー」と言葉を吐き出す。そういう時は相手の顔を見ないで、まるで幼い少女のように笑う。(まあ若いし、こういう子なんだな)と勝手に思ってくれる。幸い仕事は出来るほうなので仕事さえやれば怒られない。

仕事は前と同じ職種で、簡単な敬語とコツを前に教えてもらい、なんとか応対出来るようになっている。(です、ます、のどちらかを取り敢えずつける!とかそんなん)

 

敬語をつかえなくなった時、複雑な物事を理解できなくなった時、文字を理解できなくなった時に、このまま死んだほうがハチャメチャ楽では……?と思ったが、そんなこともなく。

頭が悪いまま、敬語がつかえないまま、上司にタメ口をきいたまま、なんとか生きている。そして今のほうが楽だというハッピーな結末になった。

まあ、なんとなるよ。とふと口に出る性格になった。

 

しっかりもので真面目のいい子ちゃんな自分が死んだのは少しずつで、あまり覚えていないけれど

あまり真面目ではなくて、けれどそれなりに頑張ってはいるのだろうゆるい私は周りとそれなりに馴染んでいる。はっぴー