わたしの話

昼は社会人、夜は大学生の二足わらじのわたしの話

私が高校生で馬鹿になった話

元々馬鹿で地方の定時制高校に行っていた。楽しかった。同級生は優しくて、みんなお世辞にも頭がいいとは言えなかったので苛めも少なかった。悪口を言い合うのはあったけれど、言うほうの頭がどうかしているという風潮だった。

 

私の発達は遅れていた。通常より1年から2年という些細な年数。

私がそれを知ったのは20歳の時なので、周りは概ね気づいていて、自分は自分が壊滅的な馬鹿なんだと思っていた。

 

祖母は厳しい人だった。

礼儀正しくしろとか、行儀が悪いとか、厳しい人だったし、いつも不安定で関係ないこと(家のローンだとか、お金がかかるだとか、母親の悪口だとか)をよく怒鳴り散らされていた。

 

高校2年生くらいの時、急によくわからなくなった。頭がボーっとするのが始まりで、次第に周りのいうことが正直よくわからなくなってきた。靴下を履くのがしんどく思えてきた。元々家は(というか祖母が、)好きじゃなかったがそれが輪をかけて嫌いになり、高校が終った足で気づいたら知らない場所にいたり、なぜか家に帰れなくなったり、家の前で家に入れなくなったりした。

心療内科に行きたいと、親に申し出て親は私を心療内科に連れていった。すごく綺麗な病院だった。

 

そこでなにをしたかと言えば簡単な検査とカウンセリングで。母親は院長先生に絶対に私には一生言わないよう前置きをしつつ「私の発達は通常より1年から2年遅れている」と申し渡された。(二十歳になったら教えられた)

 

私が私でなくなる時に、私は言葉を失った。周りが二重人格では、と驚くほどに敬語が得意だった。先生が慌てるほどに悠長に丁寧語をつかっていた。「はい」いう穏やかな二文字をある日使えなくなっていた。「ウン」という年齢に見合う、または少し幼い言葉が私の口からよく出るようになっていた。

難しい文字が読めなくなっていた。読めない、というよりも理解が出来ないというほうが正しい。

物事の順序を整理できなくなった。

 

だが、重度の心配性が楽観的になった。

 

大学になってアルバイトをしている。敬語は以前と同様とまではいかないがつえるようになった。だが、時折偉い人に「えーうそー」と言葉を吐き出す。そういう時は相手の顔を見ないで、まるで幼い少女のように笑う。(まあ若いし、こういう子なんだな)と勝手に思ってくれる。幸い仕事は出来るほうなので仕事さえやれば怒られない。

仕事は前と同じ職種で、簡単な敬語とコツを前に教えてもらい、なんとか応対出来るようになっている。(です、ます、のどちらかを取り敢えずつける!とかそんなん)

 

敬語をつかえなくなった時、複雑な物事を理解できなくなった時、文字を理解できなくなった時に、このまま死んだほうがハチャメチャ楽では……?と思ったが、そんなこともなく。

頭が悪いまま、敬語がつかえないまま、上司にタメ口をきいたまま、なんとか生きている。そして今のほうが楽だというハッピーな結末になった。

まあ、なんとなるよ。とふと口に出る性格になった。

 

しっかりもので真面目のいい子ちゃんな自分が死んだのは少しずつで、あまり覚えていないけれど

あまり真面目ではなくて、けれどそれなりに頑張ってはいるのだろうゆるい私は周りとそれなりに馴染んでいる。はっぴー