わたしの話

昼は社会人、夜は大学生の二足わらじのわたしの話

私が女の子を好きだった話

 元々ブログというのは、誰にも言えない秘密や内緒を話す場所なんだと思っている。そして、わたしも誰にも言えない内緒の話を見聞きしたいのだ。

 なので今回は、わたしの一番の内緒の話をしようと思う。もし、わたしが酔っ払ってだれかにこのページを教えてしまったりしていたら、この話だけは読まないでほしい。そして、明日からまた何事もなかったかのように振舞って欲しい。あと、おそらく私が浮気かなにかをしている疑いがある為(又はただの興味心から)わたしの携帯電話を盗み見なければいけない状態に置かれているまだ見ぬ未来の恋人(及び配偶者)はタイトル通りのことなので、わたしの口からまだこの話を聞いていない場合はわたしが現在片思い中の吉村さんの記事だけ舐め尽くすように読んでいいので、これだけは読まないでほしい。というか、わたしとアナタの関係の為に読まないことをおすすめする。

 

 この話を知っているのは、わたしと、わたしの元恋人であるみか子ちゃんと、幼馴染と地元のひとにぎりの同級生のみだ。

 

 わたしには高校生の頃、仲の良い同級生の友達がいた。それが、みか子ちゃん。通称みかちゃんだ。(一応まだ見ぬ恋人及び配偶者へ伝えておくが、本名はみか子ちゃんではないので、みかちゃんの話なんだけど、という前置きの上でこの話をされても私はさっぱりわからない)

みかちゃんは大変可愛らしい女の子だった。少し傷んだ茶髪の髪の毛はいつもショートヘアーでわたしよりも小さくて細くて、けれど運動が得意で学年で一番持久力がある自慢の友達だった。

 

 

 ここまで呼んだ私のまだ見ぬ恋人(及び配偶者)はこのまま読むといいと思う。わたしは周りに吉村さんが初恋、と言っている。異性の中では間違いなく初恋だ。間違えようがない。けれど、その前に、わたしには好きな女の子がいた。吉村さんのように孤独死してほしくない、と思うような人じゃなくて。

 もし、吉村さんが誰かと結婚するとして。わたしはわりとあっさりそれを認めると思う。年の差もあるので、私じゃおめがねに適わなかった、とかそんなことを言いながら失恋の痛手を友情と酒で手当しつつ。けれど、孤独死しなくてよかったと思うだろう。「式には呼んでくださいね」と言う。けれど、彼女はきっと違う。わたしは彼女の結婚式なんかに呼ばれたくない。わたし以外の人間と幸せになる姿なんて見たくないのだ。わたしは、ただ、この女の子の特別になりたかった。

 

 

 わたしは、みかちゃんのことが好きだった。今でも後悔しているけれど、あの想いだけは後悔していない。わたしたちは仲良しで、私は家庭不全の家で育ったので毎日みかちゃんと適当な店で夕飯を食べてみた。みかちゃんに時折「いつも私の夕飯に付き合ってくれてるけど、いいの?」と聞くとみかちゃんはにこにこしながら頷いていた。みかちゃんの家も大変で、お互いに家庭にない居場所を求めていたのかもしれない。今となっては、なにもわからないけれど。

 みかちゃんと水族館に行ったのは、いつだっただろうか。たしか夏で。学校から少し電車に乗ったところにある水族館は、入館料だけがやけに高いくせに大した展示もないとクラスメイトが口々に言っていたけれど、私はあのがらんどうな水族館に平日の昼間よく行っていた。今にして思えば年パス買えよ、というレベルで。

 

 みかちゃんもその水族館に行ったことがあったのだ。それは、幼稚園の時に。亡くなった祖父が連れて行ってくれた思い出の水族館なんだと。私はその水族館に行き慣れた身であったので、ふたりで行こうと提案しわたしたちは水族館に行った。

 

その頃、わたしはみかちゃんに好意を抱いていた。彼女の白い頬が水族館の水の揺らめきに映えて、わたしは、みかちゃんに、すきだと言った。

 

 ちいさな水族館のおおきな水槽の前で。私の心臓はうるさくて。みかちゃんは、少し驚いて。それから「私もすき」とそんな言葉を返してくれた。わたしが抱いている好きは、みかちゃんの好きとは違って。と、なんだかそんな話をした気もするがみかちゃんは頷いていた。わたしたちは恋人になった。女同士だった。まだ世田谷区が同性愛を認める云々という話なんてさっぱりなくて、けれどわたしたちは恋人同士だった。

 

 それまでも、わたしは誰かとお付き合いをしたことはあった。告白されて、されたから付き合うような、そんな恋人だった。“告白されたから付き合った”という状態だ。けれどわたしは、今回は違うと、わたしは初めて人を愛おしいと思った。けれど、みかちゃんにとって、わたしは“告白されたから付き合った”という状態でしかなかった。

 

 みかちゃんは、わたしのことを避けた。事前にしていたデートの約束もキャンセルされた。わたしは、悩んで、たくさん悩んで。結局、同性というのはこういうこと、という着地点に何度も着地を失敗しながらも、なんとか着地し。みかちゃんにお別れの手紙を郵送して、お別れした。

 みかちゃんの言い分は。“付き合った途端に、恋人が無価値に見える。同性がどうとか、そういう問題ではない”だった。

 

 付き合った期間はおおよそ半年程度。けれど、私が一番恋焦がれて、悩み、苦しみ、喜んだ恋は今のところこれだけ。

 

 みかちゃんと、別れた後は今までのはなんなんだというくらい、普通に友達だった。多分異性だったら、もっと、なにか変わったのかもしれない。友達として、わたしはみかちゃんの隣にずっといた。それから、ずっと、わたしたちは友達の名前を冠したなにかになっていたね。毎日一緒にいて、お互いの家に泊まりに行き、手を繋いで歩いて、記念撮影をして、イベントをふたりで歩いて。きっとわたしたちのどちらかが男でどちらかが女のままだったらもっと違うなにかがあったんじゃないかって今でも思ってしまう。

 

 

高校を辞めてから、1度だけみかちゃんに会った。みかちゃんは相変わらず男の人の告白を“付き合った途端に、恋人が無価値に見える”という私には理解し難い理由で断っていた。いつもショートパンツにレギンスだったみかちゃんは体育会系の大学に入学したのでジャージを着ていて、少し日焼けをして、お酒も、タバコも覚えていた。合気道のサークルに入ったと言っていた。相変わらず、友達がいなくて。「ねえ、相変わらずパスタ食べるのうまいね」と笑っていた。わたしの好きなみかちゃんの面影を残した、みかちゃんはなんだかもう、大学生になっていて。高校生じゃなくて。わたしも高校生のままじゃいられなくて、その時は地元を出たい一心でお金を貯める派遣社員で。来年大学に進学予定で。わたしは笑いながらみかちゃんと会って、お話しながらご飯を食べて。そうだ、最後にカラオケに行こうという話になったけれど、わたしは、きっと個室で水族館くらいの薄暗やみの中で彼女を見たらきっと泣いてしまうと思って。ごめんと、また今度行こうねと、彼女とばいばいした。

 

それきり、もう会ってない私の初恋の人の話。

ああ、いま、だれのとなりで笑っているの。