わたしの話

昼は社会人、夜は大学生の二足わらじのわたしの話

わたしがTwitterしてるはなし

Twitterを始めたときに私は中学生だった。

不登校で学校にもろくに行かずに家にいた。学校に居場所がなかった。話が合う友達がいなくて、本当に困り果てて、親も困っていたし学校の先生も困っていた。わたしが動けば動くほど逆効果で、友達はできない。どうしたらいいかと周りの大人に相談した。大人が動けば動くほど逆効果で、いつの間にか学校には行かなくなっていた。おそらくアニメはタイバニ一期がやっている途中か、終わった時くらい。

夢小説のサイトをやっていて、リンクを貼っている相互さんがTwitterをやっていたのでなんとなく~という感じで始めた。

Twitterはまだ日本語に対応したばかりで、ハッシュタグは英語だけで使い方もボランティアみたいな人がやってくれたちょっとおかしな日本語だったから手探りだった。

 

黒子のバスケが好きでTwitterでは黒子のバスケの写真をアイコンにしていた。

プロフィール画面に黒子のバスケが好きと沢山書いた。そうしているうちに、黒子のバスケが好きな人がフォローしてくれた。フォローを返した。フォロワーのフォロワーがフォローをしてくれた。フォローを返した。フォロワーがわたしを紹介してくれた。フォロワーが増えた。フォローを返した。初めましてと挨拶をした。 

 

Twitterはわたしにとって、ひとつの居場所になったのは気づいたらそうだった。いつもTLにいた不登校のわたしを叱るひとは誰もおらず人様に失礼をすればフォロワーさんは私に礼儀を教えてくれた。口調ばかり丁寧で、いつの間にか不登校の中学生は無職の大人だと勘違いされるようになったけれど都合がよくてそのままにした。

学校に居場所がなかったけれど、Twitterに居場所ができた。アニメやゲームと違って画面の向こうには誰か見知らぬ人がいて私がお風呂から帰ってくると「ほかえり~」と言ってくれた。私にとっての居場所がTwitterにできつつあった。

始めて中学生で不登校だと言ったときに、フォロワーさんは「まあいいんじゃない」と一言返事が来た。世間体が悪くて家族に疎ましく思われていると思っていたので、その言葉は単純に有り難かった。

 

「けど高校には行かなきゃいけんよ」

 

なんか、そんな簡単な言葉で。私は中学三年生になっていて、ああ、そうなんだ~と思った。高校には行っとかなきゃいけないことは始めて言われた。学校に行けば高校に行かなきゃいけないことは当たり前で誰も言わなくて、親はこのまま働くのもいいと考えていて。高校に行かなきゃいけないことを知って、私は高校について調べた。 

なんとか行きたい?行ける?高校を調べて、偏差値を調べて、親に伝えて。親は驚いてたことだけ覚えている。高校のパンフレットはなくて、学校祭は関係者以外立ち入り禁止で、見学会はなくて。倍率が地元で一番高かった。まじか~と思ったけどフォロワーさんにツイートしたら応援してくれたから受験した。

 

高校に入って彼氏ができていつの間にかTwitterと疎遠になった。

それでもいいかと思ったけどスマホTwitterはいた。いつの間にかTwitterの仕様は変更していたし、全日本帰りたい協会はさほど流行っていなくなった。ぽんぽんぱいんもつかわなくなっていた。

 

そのあとは高校でも不登校になってなんやかんやあっていまは短大生をしている。  

Twitterはまだやっている。Twitterに出戻りして今は4つくらいのアカウントを永遠と使っている。

短大で女の子がひとり「居場所がない」と言った。その子は上京してきた子で都会の女の子と会話があわないのだ。私とも会話のリズムがあわない。

私は居場所がないと思ったことは実はあんまりなくて、現実いま目の前に広がっている場所に居場所がなくてもまあ、Twitterにみんないるしなあ~というくらいの軽さなんだ。

Twitterは流石に8年くらいやっているのでフォロワーがほとんど消えた。けど、私にとってのTwitterは家や短大や職場と変わらない居場所のひとつだ。